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風を歩く vol.12










<反日アンパン>

(C)2005.2.9.text by Takashi Kazamaki


ベルリンの壁崩壊から1年たった1990年秋、ミュンヘンからギタリストのカーレ・ラールと彼の車でツアーしてハンガリーのブタペストにいったときのこと、街中を離れて住宅街を友人達と歩いているときに、イルディコという演劇をやっている女性が「ほら見て」と旗を指差した。
「あれが、わたしの国の旗なの。」そう彼女はつぶやいた。
その時の誇らしげな顔は、いくつかの苦難を乗り越えてたどりついた自由と、祖国愛を感じさせるものだった。

自分の祖父が建て、ソ連に接収されていた家に50年ぶりに入ることになったというエストニアのギタリスト、マルト・ソーなど「わたしの国」と親しみを込めて自分の国を語る友人達をボクは何人か持っている。
それは、ついこのあいだまで「わたしの国」ではなかったことの裏返しでもあるわけだけれど、80年代にボクは、自主製作という形でオルタナティブな活動を続ける友人達と共に、<反日>ということを考えるイベントを企画していった。

「東アジア反日武装戦線」という名で連続的に侵略企業を爆破した人達の裁判を支援する動きが、ミュージシャン仲間で出てきたのが82年のこと。
そんな中で、荒井まり子さんという精神的・無形的幇助罪という実行には何ら関わらなかった人まで獄中にいることを知り、彼女と文通したり、拘置所に面会に行ったりといった交流が始まった。
83年に作った小杉武久さんとのLP「円盤」のジャケットのイラストは、まり子さんが獄中で描いたものだ。

<反日>と言ってみたところで自分のできることは音を出すことでしかない。タイコを抱えてデモに行き、機動隊と対峙しながら音を出す。
シュプレヒコールや怒声の中に響くタイコの音には、アスファルトに覆われた土の中からさまざまな声無き声がのり移ってくる。
踏みつける足になるのではなく、踏みつけられる草になろう…、ボクらがその頃に考えていた<反日>というのは、この国に生まれた人間としての基本的なモラルのことだったと思う。

83年秋、和光大学の体育館で「反日アンデパンダン」というコンサートが行われた。
企画の段階から参加者がアイデアを出し合い、ニュース形式のチラシを手分けして作っていく。
霜田誠二、ルナパークアンサンブル、佐々木健、A―MUSIK…、音楽、映像、パフォーマンスそしてゲストにフレッド・フリスとトム・コラの「スケルトン・クルー」が参加した。
ボクは「見世物小屋」という企画をたて、体育館の手すりの上をタイコを叩きながら歩く。

実験演劇のように舞台から離れて客席から演奏する<即狂>パフォーマンスは、誰もが参加できる無秩序な音や行為のなかに、踏みつけられている側の表現を誘発していこうという企てだった。
それが<反日>かどうかはともかくとして、そこには、音楽という枠組みを越えた世界ができていた。
ボクらは、その後も「支援連支援バザー」「反日キャバレー」「吉祥寺作戦」など、実行委形式のイベントを企画しては、ユニークな運動を継続させていった。




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